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熊本城再建で注目の穴太衆 織田信長も惚れた込んだ、その技術に迫る
注目を浴びている穴太衆
みなさんは、穴太衆(あのうしゅう)という安土桃山時代から続く、石工集団のことをご存知でしょうか?熊本城の修復などで注目を浴びつつある、集団です。滋賀県大津市坂本穴太周辺で活躍していましたが渡来人がルーツといわれる穴太衆、6世紀から7世紀頃の古墳群にもその足跡がみられます。
石の声を聴き、行きたい場所へと積んでいくという方法で自然石をありのままに積み上げた「穴太衆積み(野積み)」を極め、古来から建築の要として欠かせない存在でした。そのため、石の心がわからないと一人前の穴太衆になれないのだとか。
石垣といえばお城のイメージですが、鉄砲から城をガードするために従来の土嚢よりも強固な守りが必要となった安土城の石垣の施工をしたことで広まったのが始まりです。織田信長や豊富秀吉が高く評価し、その力をみた諸国の大名もその技術をこぞって取り入れたため技術も磨かれました。
穴太衆の技術
単純に石を積み重ねるのではなく、一つ一つの石の特徴を理解し「石の声」を聞くことができてこそ一人前の穴太衆。一見、無造作かつダイナミックに積み重ねているようですが、実は大小の石の性質を見極め適切に積み重ねた堅牢で排水のよい石垣です。
その実力から現存する城の石垣の8割以上が穴太衆の手によるものだとか!細かい設計図を持ち合わせている訳でなく、空間認識能力と石の性質理解を頭の中で組み合わせ石を組んでいくスタイルはほかの工法と一線を画します。
感覚を研ぎ澄ませ現場で感じて身につける技術が多いため、穴太衆の技術は文字におこしての理解が難しく口伝によって継承していくほかありませんでした。
現在にも通用する穴太衆の技術
現在、穴太衆のその技術を建築に応用しようという動きがあります。その訳は、強度計算の結果でコンクリートの1.5〜2倍近くの強度を穴太衆の技術による積み方で発揮できるためです。
その実績から新名神高速道路の東海自然歩道沿いの壁としても採用されています。城の建設がなくなり一時は激減した技術ですが、現在は芸術性が高いと評価を受けており、活躍の場を広げています。技術を受け継ぐ栗田建設では住宅や庭園の建設だけでなく、ドイツやアメリカなどでもアート作品としての展示やワークショップを開催しています。穴太衆の施工技術から学ぶことはたくさんあるので、今後は注目してみるといいかもしれませんね。
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