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日本における伝説の大工、左甚五郎 その生涯に迫る!

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皆様は、有名な名工として誰を思い浮かべるでしょうか?古今東西、さまざまな名工が浮かびますが、今回は左甚五郎という江戸時代の伝説的な大工を紹介いたします。

左 甚五郎とは

伝説の名工といわれる左 甚五郎(ひだり じんごろう)をご存知の方も多いでしょう。江戸時代の初期に活躍した彫刻職人ですが、少々名前が変わっているとは思いませんか?名前の由来は、左利きだったからといったものから、飛騨高山藩士の叔父に弟子入りしたので飛騨の甚五郎がなまって左になったなど諸説あります。この左 甚五郎、実は、江戸の庶民の間で水戸黄門に次ぐ人気の持ち主で、彼を主人公にした歌舞伎や落語などは何度も繰り返し上演されるロングランだったとか。宿の経営に困っている親子にネズミの彫り物をプレゼントするなど人情に厚く、酒好きで失敗も多いが仕事はできる。などなど、名工と呼ばれる腕がありながら、弱いところもみえることで親しみを持ったのかもしれませんね。

左 甚五郎の実績

甚五郎は彫刻師ですが、なんと現在でも全国各地に100箇所近く作品が残っています。有名所では、京都府祇園祭の鯉山の鯉や島根県出雲大社の八足門や流水紋なども手掛けました。ですが、最も有名なのが、日光東照宮の「眠り猫」でしょう。日光東照宮といえば、見ざる・云わざる・聞かざるの三猿が有名ですね。そのほかにも虎や龍など博物館並みに彫刻が並んでいますが、その中でも眠り猫は霊廟の入り口を守る重要なポジションを任されています。ウトウトと居眠りをしているかのような穏やかで可愛らしい様子ですが、門番にはいささか役不足かと思う方もいるでしょう。現に、日光東照宮以外では獲物を狙うように殺気立っています。こちらも諸説ありますが、戦乱の世から江戸に移り、家康の念願だった平和な時間が訪れた様を猫で表現しているといわれています。まさに、家康の霊廟を守るのにふさわしい彫刻ではありませんか?

左 甚五郎の作品たち

100箇所近く残っている左甚五郎の彫刻ですが、実は100年ほどタイムラグもみられ、「1人ではなかったのかも」なんて説もささやかれています。謎の多い人物ですが、仕事っぷりをみれば伝説の大工であるということがすぐにお分かりいただけたかと思います。まずは、お近くの左甚五郎作から始め、全国各地の建築物を巡る旅をしてみるのも面白そうですね。

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